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「”時のアセス”を真に実効あるものに」「大規模林道”朝日-小国区間”は、建設中止を」

1998.06.22
要望・声明
平成10年6月22日

内閣総理大臣 橋本龍太郎 殿
大蔵大臣    松永  光 殿
林野庁長官  高橋  勲 殿
山形県知事   高橋 和雄 殿

大規模林道事業に関する「時のアセスメント」及び
大規模林道「朝日-小国区間」に対する意見書

                  財団法人 日本自然保護協会
会長  沼田 眞

はじめに

林野庁所管の特殊法人・森林開発公団による大規模林道事業は、全面舗装の高規格道路を広域的に山岳部の稜線沿いに結ぶものであり、稜線の自然林を伐採して工事が進められ、野生生物の生息地の破壊につながるおそれが強い。そのため、日本自然保護協会としてもこれを問題視し、1977年9月には林野庁長官ほかに対する意見書を提出している。

東北・北海道では、人工林の育成には明らかに適さない場所に、観光開発・地域振興的な目的で林道が建設される問題も生じている。とりわけ山形県・朝日連峰の真室川-小国線「朝日-小国区間」周辺は、原生的なブナ林が広がり、絶滅危惧種のクマタカをはじめ多くの野生生物の良好な生息地・繁殖地となっており、大規模林道はこれらの地域を分断するだけでなく、開通後も、道路の崩壊や観光目的の車両往来等による新たな自然破壊が予想される(注1)。

長良川河口堰建設や諫早湾干拓事業をはじめ、計画から長期を経た公共事業が見直されずに進められ、自然環境に悪影響を及ぼすケースが全国各地で問題化する中で、広域林道ネットワークの形成や森林レクレーションエリアの整備等を目指す「大規模林業圏構想」は、計画から20年以上を経た現在、道路建設だけが目的化して進められている。一方、林野庁の林政審議会は1997年12月、「林政の基本方向と国有林野事業の抜本的改革」と題する答申を農林水産大臣に提出し、従来の木材生産重視から公益的機能重視への森林行政の転換を掲げるなど、状況は大きく変わりつつある。森林の「公益的機能」には野生生物の生息地としての機能も含まれ、これを国民共有の財産として次世代に継承するため、林道・治山事業などの公共事業のあり方を改めることが強く求められている。

橋本首相は同年12月、国の公共事業を社会情勢の変化にあわせて見直し、計画当時に比べ必要性が小さくなったりしたものを中止・凍結する「時のアセスメント」(公共事業の再評価システム)の導入を表明した。この制度は法制化されたものではないため、具体的にどのようなアセスメントがなされるか不明確で、運用面の実効性にも疑問が残るが、当協会は、これを機に公共事業全般が根本的に見直されることを期待する。しかし、大規模林道に対する「時のアセスメント」の運用手法を示した林野庁の「大規模林道事業再評価実施要領」(1998年4月施行)は、大規模林業圏構想及び大規模林道事業を根本的に見直す内容になっていない(注2)。そこで、大規模林道の「時のアセスメント」と、「朝日-小国区間」の二点について、関係する各方面に対し、当協会の意見を申し述べる。

1.大規模林道事業の「時のアセスメント」に対する意見    

橋本首相は、
自らの提案で導入された「時のアセスメント」が、林野庁においてどのような形で実施されるのかを監視し、公共事業の継続を望む地元の利害関係者の圧力や不透明な運用の下での官僚主導によって「時のアセスメント」が形骸化することのないよう、また、実効性を伴った運用がはかられるよう指導監督すべきである。

大蔵大臣は、
国有林野特別会計の独立採算制が廃止され、その累積債務を一般会計からの負担で賄うことが決まった以上、旧態依然とした林道・治山事業が従来の予算を確保して進められる状況を回避するため、「時のアセスメント」を機に、費用対効果が疑問視されている林道建設・治山事業予算に対する査定を厳しく行うべきである。

林野庁長官は、
(1)大規模林道事業全般の見直し
森林行政が木材生産機能重視から公益的機能重視へ転換することや、特殊法人改革の一環として森林開発公団と農用地整備公団が近く整理統合される状況を踏まえ、今回の「時のアセスメント」を機に、大規模林業圏構想とその中核事業である大規模林道の全路線を総点検し、林業振興効果の低いものや、本来の目的からはずれた地域振興型・観光開発型・生活道路型などの計画路線を大幅縮小すると同時に、広域基幹林道をはじめ他の各種林道事業についても同様に見直すべきである。

(2)NGOの参画
「時のアセスメント」の運用にあたっては、再評価委員会をNGOも含めた合意形成の場と位置づけ、委員の半数をNGO側の推薦する学識経験者とすべきである。特に、大規模林道問題に取り組んできた「葉山の自然を守る会」、「大規模林道問題全国ネットワーク」等の推薦する代表を少なくとも一名委員に含めるべきである。

(3)再評価委員会の体制
「時のアセスメント」の対象とする区間はこの再評価委員会で決定し、全委員による現地視察を実施すべきである。これを実現するには本庁に委員会を一つ設置するだけでは不十分なため、再評価の対象となる路線あるいはブロックごとに小委員会を設置し、NGOも含めた検討を行うべきである。

(4)再評価の視点
実施要領では、自然環境に関する項目が明記されていない。しかし、環境庁のレッドリストにおける絶滅危惧種が年々増加し、自然環境保全上の配慮がますます求められており、大規模林道事業が昨年6月に成立した環境影響評価法の対象とされた。これを踏まえ、費用対効果を検証する財政面等からの見直しのみならず、自然環境に対する影響の再評価も行うべきである。したがって、再評価の意見聴取の対象には、受益者や地方自治体だけでなく、大規模林道事業に長く関わってきた自然保護団体も含めるべきである。

(5)再評価の判断材料
再評価委員会の委員の判断材料となる資料には、森林開発公団が自主的に提出する資料だけでなく、大規模林道事業に批判的な研究者の論文や調査研究データ、NGOがこれまでに林野庁や森林開発公団に提出した意見書・要望書等、新聞・雑誌等の報道記事を加えるべきである。

(6)公開性
再評価委員会は公開し、議事録も公開するとともに、判断基準や進捗状況に関する情報を広く公開して透明性を確保すべきである。

1.大規模林道「朝日-小国区間」に対する意見

林野庁長官は、
(1)「朝日-小国区間」については自然環境の問題が大きいため、今回の「時のアセスメント」を機に、正式に「中止」すべきである。

(2)中止後は、既設の林道において最低限の通行を保つ程度の維持管理を地元自治体が行うにとどめ、この付近一帯の土地利用においても、地元住民が伝統的に行っている山菜採りやキノコ採りなどのほか、登山、自然観察、学術調査研究などを目的とした、自然への負荷の少ない利用を除き、野生動植物の生息地・繁殖地としての保護を将来にわたって優先していくべきである。

(3)林野庁も朝日山地を全国13カ所の「森林生物遺伝資源保存林」の指定候補地の一つに挙げ、秋田営林局が1999年度までに保存林の設定作業をする予定となっている。したがって、この地域では木材資源の生産のための開発よりも、保護のあり方をめぐる議論こそ今なすべきであり、遺伝資源保存林の保護管理面にも地元の自然保護団体の意見を十分反映すべきである。また、秋田営林局が設置する「設定委員会」に、「葉山の自然を守る会」の代表の参画を認めるべきである。

山形県知事は、
県内の自然保護と適切な自然利用の双方に責任を持つ立場から、朝日連峰の自然環境の全国的な価値を再評価し、これを国民の財産として将来にわたって維持していくために、林野庁が「時のアセスメント」における「地元の意向」を取りまとめる過程で、「朝日-小国区間」の工事再開の要望を取り下げ、「中止」に同意すべきである。さらに地元の関係市町村に対し、自然破壊につながる公共土木事業に依拠しない自然環境保全型の地域振興策の提示などの指導や助言をすべきである。

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