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「滑降競技のスタート地点は、引き上げるべきではありません」

1997.10.21
要望・声明

長野県知事と長野冬季五輪組織委員会に対して見解を表明

1998年に長野で冬季オリンピックが開催され、男子滑降競技は長野県白馬村・八方尾根に予定されています。しかしそのスタート地点の設置場所について、自然保護上の問題点が指摘されています。

NACS-Jではこれまで、意見書の発表(1989年)に始まり、現地視察やその報告レポートの発表などを行ってきました。1997年10月20日、さらに「見解」を表明しました。


1997(平成9)年10月20日

長野県知事 吉村 午良 様
長野冬季五輪組織委員会
事務総長  小林 実  様

長野県白馬村・八方尾根男子滑降競技のスタート地点に関する見解

長野県冬季五輪と自然保護に関する問題については、1989(平成元)年12月のNACS-J会長・沼田眞名による意見書、1994年5月の当協会事務局による主要な施設計画地の視察、同年11月の冬季五輪関連の自然保護問題に関する報告レポートの公表、及び1997年8月の第二回目の現況視察とその報告レポートの公表(1997年10月19日)など、当協会としてもさまざまな意見を述べてきました。

そのような中、長野冬季五輪組織委員会(NAOC)は、標記競技のスタート地点に関し、白馬村八方尾根の標高1680m地点とすることを決定していますが、一方で現在も国際スキー連盟(FIS)は1800m地点への引き上げを強く要請しており、未解決の問題とされています。

1997年10月21日、この問題が長野県自然保護検討会議の場で論議されるとのことですが、この機会にNACS-J理事長としてのコメントを述べるものです。

【1】1680mのスタート地点は、自然保護の観点からみて引き上げるべきではありません。

その主な理由は、以下の4点にあります。

  1. 標記競技の開催地は、当初の岩菅山案が、自然保護上の問題によって新たな開発を伴わない既存施設を利用することに変更された後に、八方尾根に選択されたものです。その経過を踏まえれば、八方尾根において新たな自然破壊が及ぶ範囲にまで競技利用範囲を拡大することは許されません。
  2. 現在の1680mのスタート地点でも、競技規則上の標高差の基準を達成しており、競技は成立します。競技の難易度を上げるために1800mまでスタート地点を引き上げるという理由は、自然保護上の問題とひきかえにしてまで主張すべきものではありません。
  3. スタート地点の引き上げを行わずに標高差を確保するために、ゴールエリアを下げて一帯のミズナラ林を伐採するなど、本来はできる限り避けるべき地形の改変を伴う大規模な工事をすでに実施しています。これにより、標高差が競技規則の基準以上になったにもかかわらず、さらに上部のスタート地点を引き上げるという理屈は認めがたいものです。
  4. FISの引き上げ案が示す一帯は、国立公園の第一種特別地域であり、ゲレンデとしての利用は認められていません。もし冬季五輪等を特別視してゲレンデ利用を認めるとするならば、そのような利用のされ方が悪しき前例となり、全国の第一種特別地域の利用に歯止めがかからなくなるおそれがあります。

第一種特別地域内のゲレンデ利用禁止の制約に関しては、一般スキーヤーに使用されているという事実があることから疑問視されています。しかしこれは、国立公園の管理の悪さがそもそもの問題なのであり、スキーヤーのみならず圧雪車まで入り込んでいるような状況が放置されていることそのものに原因があります。これについては、早急に、夏場の利用方法の改善を含め本来あるべき保護管理状態に戻し、なし崩し的な利用を防止すべきです。

【2】八方尾根の自然を過小評価すべきではありません。

それは以下の理由によります。

  1. 八方尾根の1680m以上は、超塩基性の蛇紋岩という特異な岩石が広く分布しており、この影響を受けて成立した自然植生は、ダケカンバやオオシラビソなどの高木の樹林を欠く植物学上極めて特殊かつ重要なものです。日本アルプスにおいて、このような広い範囲に超塩基性岩の発達している地域は多くありません。白馬岳の高山植物群落は、NACS-Jの植物群落レッドデータ・ブック(わが国における緊急な保護を必要とする植物群落の現状と対策1996)にもリストされており、複合群落としての完全性を保全するためには、高山~亜高山~低山にいたる植物群落のつながりを保つことが必要です。
  2. 八方尾根におけるこの植生も、標高1680mを境に、下部は大規模に造成されゲレンデなどに使用されて多くが裸地となり、すでに上部にしか残存していません。
  3. このような、八方尾根特有の特殊な植物種や高山性の植生及び湿原(黒菱平・鎌地湿原)は、人為による破壊に弱く、復元力が極めて小さな自然です。

1800m付近をスタート地点にすることになれば、凍結剤の使用や積雪のつみ上げなども想定され、これら残存する自然植生に致命的な悪影響が及ぶことが危惧されます。

自然植生保護の問題に関しては、1996(平成8)年4月に信州植生学会(会長・土田勝義氏)・長野県植物研究会(会長・林一六氏)からも、当協会に当該地域の保護の要請をいただくなど、多くの研究者が守るべき自然として強く主張されています。

1680m以上の自然植生が現存する一帯は、本来であれば国立公園の特別保護地区への格上げを検討されてしかるべき価値があるとも考えます。このような自然性を持つ地域の競技利用は、重要な植生及び他の生物群集を含む自然保護のためにも、また自然公園法の目的からも、さらに冬季五輪における環境倫理のあり方の観点からも、認められないものと考えます。

長野県自然保護検討会議の場では、FISに対し、1800m地点への引き上げがなぜ行えないかを順を追って解説し、自然科学に関わる問題についてはそれぞれの理由に科学的根拠があることを正しく伝えていただきたいと考えます。

以上

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