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「自然保護区設定が必要」

1969.02.01
解説

会報『自然保護』No.81(1969年2月号)より転載


原始の島 西表島 (沖縄八重山諸島) (2)

亜熱帯の自然景観とその自然保護問題

糸賀 黎
(厚生省国立公園部計画課)


亜熱帯性常緑降雨林

前号で西表の概要とマングローブ林の詳細に付いて述べた。今回は内陸丘陵山岳地に生育する亜熱帯性の原生林について報告したい。西表の森林は、 1部にあるリュウキュウマツ等の人口造林地を除いて、その大部分が亜熱帯性の常緑広葉樹からなる天然林である。植物地理学上は旧熱帯植物系界のマレイ区系域に入り、南支・台湾・琉球区系区のフロラに属している。西表では一般に植物の生長が旺盛で、その種類は130科、57種以上あり、日本の代表的な亜熱帯植生として、その学術的な価値は高く評価されるべきであろう。森林面積は島の総面積2.7万ヘクタールの85%以上をしめ、その大部分は未開発の状態である。森林の総蓄積は約410万立方米である。また、亜熱帯地方の湿潤な森林に見られるタケ、ツル、かん木が繁茂している。

大径木の材積は、約174万立方米、小径木または、形質不良木が230万立方米と推定されている。森林蓄積の年間成長量、11万立方米である。島の西部に流れる浦内川、仲良川、越良川の三大河川流域に森林総面積の53%があり、東部では仲良川の流域に森林が発達する。

西表の森林は、最近八重山開発株式会社との部分林契約によるリュウキュウマツの人工造林、及び竹富町ならびに政府直営のマツ造林地のほかは、大部分が亜熱帯林を構成する、常緑広葉樹の原生林が残されており、その面積は2万ヘクタールを充分超えるものと思われる。

この島の森林植生は、次の4段階に区分される。およそ標高100米以下の地域は、マングローブ林、海岸乾性林、熱帯広葉樹林等からなり、島の面積のほぼ3分の1をしめている。100メートル以上は、亜熱帯林で島の3分の2をしめている。

(1)マングローブ林
前号で述べたとおり、主要河川下流河口一帯、船浦湾の周辺部に群落が発達する。

(2)海岸乾性林
海岸の砂地及び岩石地に、アダン、イリオモテツルアダン、クサトベラ、ハマゴウ、アカテツ、サキシマハマボウ、オキナワキュウチクトウ、イヌビワ、シテツなどの木本植物がみられる。これにアコウ、ガジュマル、ハマイヌビワなどが混生している。

(3)熱帯広葉樹林
西表島には熱帯性の常緑紅広葉樹林によって、代表せられる極盛相はほとんどないが、海岸の1部にアコウ、ガジュマル、イヌビワ、テリハボク、フクギ、ディコ等の樹種がみられるこれらの熱帯広葉樹林が破壊された跡には、アカメガシワ、リュウキュウマツ等が侵入している。

(4)亜熱帯林

海抜100米以上の山岳、丘陵地は亜熱帯性の常緑広葉樹林が繁茂し、この島の面積のほぼ3分の2をしめている。その代表的な高木樹種は、オキナワシイ、オキナワウラジロガシ、タブ、イスノキの4種で、林分材積の60~70%をしめるものと推定されている。良質大径木は相当択伐の跡がみうけられる。また、イヌマキが混生している。これらの高木には、つたかずらやツルアダンが巻きつき、寄生植物が葉を茂らせ、気根ガ垂れ下がり、昼なお暗いジャングルとなっている。谷間へゴが各所に生育している。

その他仲間川は干立にはノヤシの群落、船浦湾にはニッパヤシの群落がみられる。


西表、石垣両島にひろがる大礁湖と西表南海岸の断層崖

西表島の海岸近くは、数米から50米の高さの海岸段丘が発達し、隆起サンゴ礁で覆われている。しかし、南海岸は断層崖が発達し、100~200米程度の断崖が直線状に連なっている。この断崖は海から垂直に切り立ち、風景の質は異なるが、北海道の知床の断崖が感じに似ている。島の周囲 沖合2キロまでの巾でサンゴ礁がとり巻いている。特に、島の東部、北部はサンゴ礁で浅瀬ができており、これが船の航行に大きな支障となっている。

亜熱帯性の森林景観と並ぶ大きな景観資源は、石垣島と西表島との間に発達する一大サンゴ礁とその海中景観である。このサンゴ礁は東西20キロ米におよぶ堡礁で囲まれ、その中は大きな礁湖を形成している。この礁湖の北側には竹富島、嘉弥真島、小浜島、南側には黒島、新城島等があり、そん水深は20米以浅で礁湖の中にも堡礁やサンゴ礁が複雑に配置されている。堡礁に囲まれた海面は、鮮やかな色彩美を呈し、純白の砂浜と美しいコントラストをなしている。海中景観についてもその浅い、波の静かな所では、エダミドリイシ(エダサンゴ-褐色、桃白色、紺青色)が叢林状になっており、水道に沿う比較的深い所では、テーブルサンゴ、ハナヤサイサンゴ、ハマサンゴ等のサンゴ類が豊な色彩と幻想的な形状をみせている。エダ゙サンゴやテーブルサンゴは直径2米を越す大型のものが生育している。

熱帯魚の種類が豊富で、また、その密度も他の海域にみられない程大である。美しい礁湖と絵画的な島の海洋景観、規模の大きい海中景観は特に注目してよい。

ヤマネコの島

西表原産の野生動物として、学会の注目をあびたものにイリオモテヤマネコがある。これは、戸川幸夫氏の報告により、その存在が知られ、標本調査の結果新種の野生ネコと認められたもので、今世紀になってから発見されたネコ科の独立種として、まことに珍しいものとされている。イリオモテヤマネコは、普通のネコとほぼ同じ大きさの野生ネコであるが、その背面は黒色で、胴体には褐色の小さな斑点が沢山みられ、また、イエネコと著しく異なって、細長い頭骨を持っているとのことである。現在その姿を見ることは、ほとんどないが、地元の人々によって相当確認されている。

この他興味ある野生動物として、リュウキュウイノシシ、カンムリワシ等みられ、人々におそれられるハブも住んでいる。

西表の南西10数キロの洋上に、中御神島という無人島がある。この島は海鳥の繁殖地として知られ、セグロアジサシ、オオミズナギドリ、クロアジサシ、リュウキュウカツオドリが人の足のふみ場もないくらい住んでいる。

現在琉球政府によって、次のものが天然記念物として指定されている。(1)船浦のニッパヤシ?星立のヒルギ、ミミモチシダ、ノヤシ群落(2)仲間川のヒルギ林(パッチャイ島から6キロ上流にわたるマングローブ林)(3)船浮のヤエヤマハマゴウ(4)仲間川のノヤシ群落(5)イリオモテヤマネコ(6)中御神島の海鳥生息地。?西表、仲間、古見の埋蔵文化財(貝塚)


西表の自然景観と、その自然保護問題

西表の自然景観の価値を日本本土や小笠原諸島、沖縄本島と比較検討しながら要約すると次のようになる。

(1)主要河川下流部のマングローブ林

仲間川、浦内川等の主要河川下流部の塩沼地に発達するマングローブ林は、広い面積にわたり、ヒルギ等の構成種も6種に及び、また群落の構成に一定の規序ある変化が観察される。鹿児島県から奄美大島、沖縄本島、石垣島にもヒルギ林がみられるが、何れも小規模であり、構成種もメヒルギ等の単一種がほとんどである。小笠原にはこの種のマングローブ林はない。

(2)2万ヘクタールを越す亜熱帯性の天然林
シイ、タブ、カシ等の亜熱帯性のジャングルが2万ヘクタール以上にわたって残されており、この種の物としてはわが国最大の規模である。沖縄本島には、古くから開発によって与那覇岳を除いてほとんどこのような自然林は残されていない。また小笠原諸島も土壌や降雨量の関係で軟性の低木林が多く、西表にみられるような高木林はほとんどない。ノヤシやニッパヤシの群落も興味をそそる。

(3)西表南海岸の断層崖
海岸の断崖としては陸中海岸のように傑出したものでは無いが、景観要素としては十分価値がある。

(4)ヤマネコに代表される野生鳥獣
原生林に生息する野生のやめネコは学術的に貴重なものであり、原始的な生息環境の保護をはかる必要がある。また中御神島の海鳥の生息地も同時に保護したい。

(5)サンゴ礁とその海中景観
西表、石垣両島の間に広がるサンゴ礁(堡礁)に囲まれた礁湖は、わが国に最大の規模であり、礁湖の美しい色彩と変化に富む海中景観は特に傑出している。小笠原では熱帯魚は豊富であるが、サンゴはを堡礁は形成していない。

(6)竹富島や西表のローカルカラー豊な人文景観・文化財

これらのすぐれた景観資源が3万ヘクタールの西表島を中心にして、ほとんどが自然のまま残されている。しかも土地の90%は国有地であり、人口密度は1平方キロ当り14人で極めて低い。

以上は自然公園としてきわめて都合の良い条件である。しかし現在、森林開発などの開発が進められており、自然保護と競合する問題が起こっている。

1953年琉球政府は八重山開発株式会社(十条製紙系統)と部分林契約を結び、1961年以降伐採を行っている。現在西部の白浜に事業所を設置し毎年100~300ヘクタールの面積が伐採され、ここ10年近くの間に白浜を中心とする2,000ヘクタール近い天然林が伐採され、その跡にリュウキュウマツが植林されている。今後2,000年までに森林の約70%に相当する18,000ヘクタールが伐採される予定になっている。もしこのような森林伐採が部分林契約通り行われるとすれば、西表の野生の魅力はほとんどなくなり、さらに、野生動物の生息環境の破壊に至るであろう。また、マングローブ地帯の塩沼地を養魚地にしたり、浦内川のカンピラの滝附近にダムをつくり発電を行う構想もある。このような開発に対する憂慮が前号で紹介した国際自然保護連合による”西表の自然保護”に対する勧告となって現れたものである。

西表の自然保護に対する措置としては、まず、早急に島の総合的な学術調査を実施する必要がある。森林伐採に対しては、植生図の作成と、植生診断が最も急を要する。このような学術調査は沖縄に対する日本政府の援助業務の一環として日琉合同調査の形で行われるべきであろう。

そして、この学術調査に基づいて自然保護区を設定する必要があるが、幸いに沖縄には本土の旧国立公園法に類似した”政府立公園法”という制度がある。従って本土復帰までの措置として、必要な地域を政府立公園に指定し、その保護をはかることが適当であろう。

日本の最南端八重山諸島の西表には、野生の自然が3万ヘクタールにわたって残されている。その亜熱帯植生とサンゴ礁の海中景観は本土のどの国立公園にもみられない規模と変化を持っており、わが国を代表する傑出した自然景観の1タイプとみなしてもよかろう。しかも、このような野生の島にまで開発の手は次第に伸びようとしている。我々は時を失してはならない。今こそ、この島の賢明な土地利用を総合的に検討し、その中で、原始的な自然保護区域を大規模に設定する必要がある。このような施策こそ、この島の発展をはかる最善の策であり、またこの島の自然を守れという国際的な勧告に対する具体的な回答でもある。

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